妙心寺の創建は1337(建武4)年に花園法皇がこの地にあった仁和寺花園御所とよばれていた離宮を禅寺とし、大徳寺の開山である宗峰妙超(しゅうほうみょうちょう)の弟子である開山慧玄(かいざんえげん)を開山として迎えたことに始まる。花園法皇は方丈の後方に玉鳳院を建立しそこから通って参禅したという。
第三世無因宗因(むいんしゅういん)は妙心寺の法要や儀礼などを整え、各地に関山禅を広める活動を行い、妙心寺は大いに栄えたが、室町幕府は妙心寺を弾圧する。1399(応永6)年に妙心寺と関係の深かった大内義弘が足利義満に反旗を翻して応仁の乱をおこしたため、義満は寺領を没収し、青蓮院に付与した。のちに義満の叔父の南禅寺徳雲院の廷用宗器にあたえられ、竜雲寺と改め、妙心寺は一時中断されることになる。
妙心寺が中興されるのは1432(永亨4)年、南禅寺から敷地が返還され、尾張犬山の瑞泉寺から迎えられた日峰宗舜(にっぽうそうしゅん)が、荒れた地をととのえ復興に着手する。そののち応仁の乱により堂塔は焼失したが、1477(文明9)年に土御門天皇が九世雪江宗深(せつこうそうしん)に復興の綸旨をくだし、細川勝元や政元らの援助をえて堂宇が建立された。細川勝元は1450(宝徳2)年には第八世義天玄詔(ぎてんげんしょう)を開山に龍安寺を創建している。
雪江宗深は法門の隆盛と門弟の教育に努め、妙心寺の四派を確立した。さらに「米銭納下帳」をつくり会計制度が設けられて経営も確立する。また1504(永正6)年には、鄧林宗棟(とうりんそうとう)が妙心寺の入寺に先立って大徳寺へ奉勅入寺するという慣例を破ったことにより、妙心寺は大徳寺と同格の寺とされ独立した。その年には利貞尼(りていに)が仁和寺の土地を買い求め妙心寺に寄進。これにより妙心寺の寺地は今日の規模に拡大し、その後も法堂などの諸堂が造営され、塔頭が創建されていく。
1629(寛永6)年には江戸幕府の寺院法度に抗議した大徳寺と妙心寺の僧が配流になる紫衣(しえ)事件などがあったが、妙心寺は大名などの外護者を得て、全国各地に寺を開創し寺勢を拡大した。江戸時代には全国にある臨済宗寺院9,200寺のうち妙心寺派が5,000寺あったとされる。
妙心寺は京都市内の北西にあり、京都駅からは車で20~30分ほどのところにあります。周辺には龍安寺や仁和寺があり、観光道路「きぬかけの道」からも遠くありません。また嵐山への近くJRか嵐電でアクセスも可能です。
JRをご利用の場合は、JR嵯峨野線で「花園駅」で下車ください。花園駅からは徒歩10分程度で妙心寺の南門です。
京阪電鉄をご利用の場合は「三条京阪駅」で下車ください。三条京阪駅から京都バス61・62・63・65番に乗車、「妙心寺前」で下車ください。また京都市バス10号系統を利用すると北門がある「妙心寺北門前」へのアクセスが可能です。バスで観光をする場合は500円のバス一日乗車券がお得です。
阪急電鉄をご利用の場合は「大宮駅」で下車ください。京都市バス91系統で「妙心寺前」で下車するか、京都市バス26系統で北門がある「妙心寺北門前」で下車ください。
妙心寺には無料の駐車場(普通車50台/9:00~17:00)があり、自家用車でのアクセスも可能です。