室町時代のはじめ、1224(元仁元年)に西園寺公経(さいおんじきんつね)が一族の氏寺として西園寺をと広大な山荘をこの地に造営したことに始まる。
西園寺公経は承久の乱のとき、朝廷側の情勢をいちはやく幕府に通報したことにより、藤原家の公卿として太政大臣に昇り栄耀を極めた人物で、公経が築いた山荘の北山第は、藤原道長が築いた法成寺をしのぐほどの「天下の壮観」といわれる豪華なものであった。しかし室町幕府の没落とともに西園寺家は衰え、北山第も荒廃していった。
1394(応永元年)、足利義満は将軍職を子の義持(よしもち)に譲り太政大臣になるが、幕府の実権は握ったまま翌年38才で出家する。そして広大な西園寺家の山荘を譲り受け、1397(応永4年)山荘、北山殿の造営を始めた。
可能な限りの贅を尽くし完成した北山殿の規模は御所に匹敵し、義満はここで政務をとり、公卿貴族をあつめて和歌や管弦、猿楽を催し、のちに北山文化といわれる華やかな一時期を開く。そして、ようやく1408(応永15年)に後小松天皇の行幸を迎えて正式なお披露目をおこなった。
しかし義満は咳病をわずらい2ヵ月後に急逝してしまう。義満の没後はいったん夫人の日野康子の居所となるが、夫人没後、義持が義満の遺命により、夢窓疎石を開山として禅寺にし、義満の法号(鹿苑院)を採り、鹿苑寺という寺名にしたのである。法号の鹿苑院とは、釈迦が仏の悟りをえたのちはじめて説法した場所の鹿野苑(ろくやおん)からつけられた名前である。
その後、鹿苑寺は応仁の乱で西軍の陣となり多くの建物を焼失。また多数の仏像が持ち去られるが、豊臣秀吉によって寺は修理され、不動堂などが再建された。そして江戸時代には伽藍の再建も行われました。
1950(昭和25年)7月2日未明、金閣寺に住んでいた青年僧の放火によって金閣は全焼。足利義満の木像、観音菩薩像、阿弥陀如来像、仏教経巻などの文化財6点が焼失したが、昭和30年に関係者の努力によって再建された。
金閣は明治時代に大修理が施されており、その際に詳細な図面が作成されていたことからきわめて忠実な再現が可能であった。消失直前の金閣寺は金箔が剥げ落ち、簡素な感じであった。この事件は多くの文学の題材にされ三島由紀夫の「金閣寺」、水上勉の「金閣炎上」などが有名です。
金閣寺は1994(平成6年)にユネスコの世界遺産「古都京都の文化財」として17社寺のひとつとして登録されました。
しかしながら金閣寺は度々の火事や多くの文化財を消失しており国宝がありません。金閣も昭和30年に再建された建物ですので、意外なことに国宝には指定されていません。
金閣寺は市内の北西にあり、京都駅からはバスで1時間弱ほどの距離にあります。清水寺や八坂神社などの東山とは逆方向となり、嵐山や銀閣寺ともすこし離れた場所にあります。最寄に電車や地下鉄はありませんので、バスか自家用車でのアクセスとなります。自転車による観光は意外にバスよりも早く快適な場合もありますが、金閣寺へ向かう道はゆるやかな上り坂ですのでけっこう体力が必要です。
京都駅から嵯峨野線(山陰線)で「円町」で下車します。円町で降りたら西大路通りまで歩き、市バス「西ノ京円町」から204号系統、205号系統のどちらかに乗車し「金閣寺道」で下車します。所要時間はJRとバスで30分ぐらい。料金は大人420円になります。
京都駅から地下鉄烏丸線「国際会館」行きに乗車し「北大路」で下車します。北大路バスターミナルから市バスに乗換え「金閣寺道」で下車します。バスターミナルから金閣寺道へは204号系統、101号系統、102号系統、205号系統、M1系統など複数路線がありますので、どの路線に乗っても大丈夫です。所要時間は地下鉄とバスで30分ぐらい。料金は大人520円になります。地下鉄とバスを併用して観光をする場合は、一日乗車券が、大人1,200円で購入できますのでお得です。
金閣寺以外にもいろいろな観光スポットをめぐりたい場合は、市バスの洛バス101号系統がおすすめです。京都駅からは二条城、晴明神社、北野天満宮を経由して金閣寺へ向かいます。また金閣寺からきぬかけの路を行く、59号系統に乗り、竜安寺、仁和寺の世界遺産コースをめぐることもできます。バスのみで観光をする場合は、1日乗車券500円が便利です。ただし紅葉シーズンやGWは大変混み合いますので観光ピーク時は電車との併用や別ルートをおすすめします。
金閣寺には駐車場(1時間300円)が隣接してあります。ただし収容台数が150台ほどですので、すぐに満車になってしまいます。近隣にもコインパーキングがありますが、なかなか空きを探すのが困難です。金閣寺周辺は大きな渋滞はなく平日や冬場のオフピークであればストレスなく駐車できますが、観光シーズンはどこに行っても駐車場を探すのが大変ですので、あまり車での観光はおすすめできません。