大覚寺は嵯峨天皇が別荘として建てた嵯峨院が始まりとされる。嵯峨天皇の死後、876(貞観18)年に天皇の皇女で淳和天皇皇后が寺として、淳和天皇の第二子の恒良(つねよし)親王を第一代の住職にして開創した。なお今も大覚寺の中心部に祀られている嵯峨天皇がじっさいに書写したとされる「般若心経」は空海の勧めによって818(弘仁9)年のものである。
そののち、後嵯峨上皇が出家して二十一代の住持となり、つづいて亀山、後宇多上皇が入寺して門跡寺院としての格式を高めた。第二十三代の住持となった、後宇多上皇は大覚寺の再興に尽力され、次々と伽藍の造営に努められたので「大覚寺殿」と称され大覚寺の中興とされる。
また後宇多上皇がここ大覚寺を仙洞御所としたことから南朝の大覚寺派がおこり、北朝の持明院統と皇位をめぐって南北朝統一まで対立した。1336(延元元)年には大覚寺の諸堂房舎は、後醍醐天皇と足利尊氏の対立が原因でその大変を焼失。1392(明徳3)年には三代将軍足利義満の仲裁により南北朝合一が実現した。南北朝合一の講和会議は大覚寺で開かれた。
1467(応仁2)年の応仁の乱では丹波勢の放火によって再び焼失。その後は織田信長や豊臣秀吉の寺領の寄進、さらに家康によって約千石の朱印地を受けて日本最古の門跡寺院としての伽藍を復興した。1900(明治33)年には独立し真言宗大覚寺派となった。
大覚寺は京都市内の北西にある嵯峨野にあります。渡月橋や天龍寺がある嵐山からは少し離れており、嵐山からは徒歩で20分ほどかかります。周辺に電車はありませんのでバスか自家用車のアクセスになります。
JRをご利用の場合は、JR京都駅から京都市バス28号系統か、京都バス71、81系統に乗車ください。京都市バスと京都バスどちらも利用できる市バス・京都バス一日乗車券カードが便利です。「大覚寺」で下車すぐです。
京阪電鉄をご利用の場合は「三条京阪駅」で下車ください。三条京阪駅から京都市バス61・64系統に乗車、「大覚寺」で下車ください。
大覚寺には有料の駐車場(普通車35台/500円)があります。混雑時は公共交通機関をご利用ください。